愉しい自転車&生活

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Category: [アフリカ]エチオピア

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谷を越える


僕がこのアフリカ旅行をするのは、特定のどこそこに行きたいと思っているからではない。動物を見たいからでも民族を見たいからでもない。

「自転車でアフリカを縦断する」

その過程そのものにロマンを感じるからであり、人類生誕のアフリカを旅することが非常に意義深いと思うからだ。途中の具体的な国というのは「通り道だから行く」という表現が正しい。もちろん、その通り道となり得る国の中での選択はあるけど。西に行かずに東側を縦断するのも西に興味がないからではなく、自転車でそのままずっと走れるのが東だったからだ。

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2015年12月、アレクサンドリアで見た冬の地中海。そこからスタートしたアフリカ縦断は、最後、喜望峰から大西洋を望んで終わるわけである。海に始まり海に終わる。アレクサンドリアと喜望峰で海を見るのは一つの夢でもある。細々した興味ももちろんある。でも、なによりアフリカには「大陸として」興味をもっている。そんな大陸としての風景を肌で感じられるのが、この道だった。


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ちなみにだけど「縦断」という事について、これは僕の中での定義の話であり、決して押し付ける意味で言っているわけでも、他人の旅を否定する意味で言っているわけでもないので、そこは誤読しないで欲しいのですが、狭義の「陸路縦断」(あるいは横断)というのは僕の中では自力に限る。公共交通機関での縦断は「陸路縦断」のうちには入らない。ただ、それは必ずしも人力移動でなければいけないという意味ではなく、たとえ自動車での縦断でも、自分で運転して縦断するならばそれは陸路縦断に入る。「自分で」という能動性が旅の中での「移動」の比重を大きくさせるからだ。目的地に到達する「手段」として移動があるのではなく、移動そのものが「旅の核」としてある場合を、狭い意味での陸路縦断(横断)と僕は考えている。広い意味で言えば、もちろんバスで縦断しても陸路縦断であるけど、僕がやりたいのは狭い意味での方。

ただ、人に連れて行ってもらうのでも、ヒッチハイク縦断は狭義の縦断に入るように思えるな。移動自体が目的化しているし。何より、チケットを買えばどこまで行けると保証される移動ではなく、どこまで行けるか、どうなるのか分からない、不確定要素、未来の定まっていない感じ、これがとても大事なポイントである気がする。ヒッチハイクの場合、進める保証がないという点については、自転車以上であるわけだし。自転車のがまだ簡単に見通しがつく。


これ、朝に見た風景ですが、対岸に目的地が見えています。
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ちょっと強引にトリミングして画像処理すると道がハッキリと見える。
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真ん中の白いのが渡る橋。周囲の地形が凄い。
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下りきった。思ったより舗装がボコボコしてて走りづらかった。この時点で標高1100mほど。
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ナイルも見納め。
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そしてここから2500mまで上り始める。気温は想像以下だが、日差しがかなりキツイ。
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谷底のあたりにはサルがいます。
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この上りについては最初から諦めていた。サクサクと走り続けるのは無理だから、暗くなるまでに頂上のまちに辿りつけばよいと思っていたので時間はたっぷりある。ゆっくりと50mくらい標高を上げるごとに日陰で休みながら走る。それを、たった30回繰り返せば1500m標高を上げられるのだから、そう考えれば意外と楽に思える。


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そうやって、チビチビと200mほど標高を上げた所で、一台のトラックに追い抜かれた。トラックの運転手は何かを叫んでいたが、上り坂で唸るエンジン音にかき消されて聞こえない。と言うと、聞こえたら理解できるのかと思われそうだが、聞こえた所で何を言ってるかは分からんので、どっちにしろ同じである。

とりあえず、仕草からしても状況からしても「掴まれ!」と言っているようだった。僕は完全自走が別に素晴らしい事だとは思わないが(とても大変なことだとは思うが)、きついからと言ってあまりホイホイ楽をしていたら自転車である意味が薄くなってくる。だから、自分の納得を得られるくらいは走りたい。というか、それが全てである。ヨーロッパは結構電車を使ったが、自分で「これが正しい」と思ってやっていたので全く問題ない。他人が納得するかしないか、他人が認めるか認めないか、ではなくて、自分が納得できるかできないか。それ以外に基準がありますでしょうか。だから、旅なんて所詮自己満という卑下た言い方は大嫌いである。オレが満足するために旅してんだ、文句あるか。くらいの態度でいいと思う。


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話逸れましたが、そういうわけなので、そんなトラックに掴って楽をするなんて、てやんでぇ、そんなことできっかいと、お断りしたい所である。オレは自分の力で進みたいんだ、とガッツを見せたい所である。ところが、気付いたら僕はトラックを掴んでいた

これは僕の中でアリなのかナシなのかと言えば、もちろんアリだから掴んだ。このくらいのズルはオッケーである。

ただ、この掴っての登坂は初めてやったのだけど、これが想像以上に走りにくかった。普通に走りにくいし、しかも掴って走るとちょうど舗装がボコボコの部分を走らなければならなくなって、さらに走りにくい。確かにペダリング自体は楽だけど、結構手も腕も痛くなってくるし、当然掴ってろうが何しようが日差しの強さは変わらないし、想像してたものと結構違うぞ。

普段しんどい所は楽だけど、それ以外の部分で(握力とか腕とか)しんどい。こうしてあんまり楽じゃないと思った僕は、トラックから手を離した。さようなら。トラックの運ちゃん。短い間だったけどありがとう。僕はもう駄目だ、先に行ってくれ。そしてトラックは何事もなかったようにブ――ンと走り去っていったのである。ちなみに翌日、掴んでいた左腕が筋肉痛になった。


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それ以降はまあ、本当に地道にコツコツ上っていっただけなので、これといって特に何もなかった。風景の凄さを除いてはね。


とりあえず、とんでもないスケールの風景が広がっていることは写真でお分かりいただけるかと思います。
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一日中こんな感じ。グランドキャニオンに似ているけど、成り立ちとしては同じなので当然。
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最後の2㎞くらいはエチオピアの子ども達が自転車を押すのを手伝ってくれた。若干モノねだられたりしたけど、特にしつこいこともなく、というかこれだけ手伝ってもらったんだからと思って、水をあげようと思ったら受け取らないでやんの。エチオピア人というのは、こういう時に限って何故か遠慮する。


結局下りも含めて8時間半くらいで辿りつき、この日は天辺のまちで一泊。
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実際50㎞も進んでないんだけど、充実の一日だった。
あとはひたすらアディスアベバ目指すのみ。
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プロフィール

染谷 裕太

Author:染谷 裕太
2012年6月カナダからスタートした自転車世界旅行をきっかけに始めたブログです。当初は単純な旅日記でしたが、現在は旅だけではなく日常も含めた様々な場面で自転車を楽しみ、その面白さを発見し、発信していきたいと思い書いています。

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