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Category: [アフリカ]エジプト

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アレクサンドリア


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むかーしむかし、紀元前4世紀の話ですが、ギリシャ北部のマケドニアをフィリッポスという王が収めていた。フィリッポスはあまり有名ではないと思いますが、彼の死後、王位をついだアレクサンドロス大王は誰しも知っているでしょう。若干20歳で王位を継いだアレクサンドロスはまず混乱状態にあったギリシャを制圧した。無数の都市国家が自治政治を行い統一されることのなかった古代ギリシャ世界の統一だが、アレクサンドロスはすぐに次の目的に取り掛かる。それは大国であり常にギリシャの脅威であったペルシャの打倒。まずは小アジア(現トルコのエーゲ海沿岸)の制圧、次いでペルシャの支配下にあったエジプトも陥落、その後大国ペルシャを打ち倒した。しかし、アレクサンドロスの野望はそこにとどまらなかった。彼はもっと遥か彼方、アジアの奥深くまでをも見ていた。アレクサンドロスの軍隊は連戦連勝、さらに東へと足をのばしアジアの中核インドまで進軍した。しかし、連続の進軍による疲労とペルシャの打倒までは大義を感じた兵士たちも、関わりのないアジアまで歩を進めることに疑問をもち士気が下がっていたことで、インドで引き返すこととなったが、この遠征により空前の大帝国が築かれた。この世界史上に残る出来事は僅か10年あまりという短期間で成し遂げられたのでした。


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そのアレクサンドロスがエジプトを落とした際に建設を計画し、その後プトレマイオス朝の首都として繁栄したのがアレクサンドリアという都市だった。エジプトの首都は普通、より内陸のナイル上流に置かれていた。エジプトという国は、他国と積極的に交流して文化を吸収していくタイプの国ではなく、内向きの閉じた国であったことは、古代エジプトの遺跡や彫刻がほとんど変わっていないことから想像がつくが、ギリシャ語を操り、ギリシャ文化にアイデンティティを見出すマケドニア人の王にとって、地中海を介した交易、他国との交流は非常に重要であった。外に向けられたその眼が選んだのは地中海沿岸、ナイルデルタ地帯の西端、いまのアレクサンドリアであった。


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実際には、遠征後に若くして死んだアレクサンドロスがその都市の完成を見ることはなかった。代わりにそれを引き継いだのはアレクサンドロスの友人で共にアリストテレスのもとで学んだプトレマイオスであった。哲学者として知られるアリストテレスだが、実態はより学的な人間で、あらゆるものを分類しようとした。分類し、知を集積し体系化しようとした。そのアリストテレスの影響を受けていたプトレマイオスは、アレクサンドリアをただ首都としての街にとどめるつもりはなかった。世界中の「知」を集めようとしたのだ。そこでつくられたのがムセイオンという研究機関とそれに付随するアレクサンドリア図書館だった。


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豊かなエジプトの経済力に支えられ、世界中から優れた頭脳がアレクサンドリアに招かれ、そこで研究に没頭した。アレクサンドリアはすぐにヘレニズムの中心地となった。アレクサンドロスの遠征は、婉曲ではなくストレートに書くなら「侵略」にすぎないが、こうした世界史に残るような大侵略によって、たびたび東西の文化的交流が活性化されてきたのも事実。この侵略によって、至る所に都市ができ、狭いギリシャに見切りをつけたギリシャ人達が移住していくことで、青く美しいエーゲ海ですくすくと育ち、人類史の奇跡とも言われるほど傑出した古代ギリシャ文化が緩やかに世界へ広まっていった。ここからローマが台頭、支配するまでをヘレニズム時代という。


そんなアレクサンドリアという街ですが、今では見る影もない。というか、僕も古代世界を目撃したわけじゃないから、見る影があるかないかは分からないわけだけど、でも、絶対こんなんじゃなかっただろ。
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現代の街並みを見ると、古代世界のアレクサンドリアとは深い断絶があるように思える。
そもそも、世界観が全く違うので当然ではあるのだけど。現在エジプトで多数を占めるイスラムはキリスト教と同じく、ユダヤ教を起源とする一神教だけど、古代世界は多神教で世界観が全く違う。同じように神を信じるのでも、唯一神、絶対神という考え方では、神は全てを超越している。万物の創造者であり、支配者であり、あらゆるものを超えた存在になる。ギリシャ神話の神々も人間からしたら超越には違いないが、ギリシャ神話においては最高神であるゼウスでさえ絶対ではない。そもそもゼウスは始原ではなく、世界をつくったわけでもない。クロノスという神から生まれているし、巨人族と闘ったりして紆余曲折を経て世界に君臨しているわけだ。しかも自分に良くしてくれる特定の人間に対して肩入れしたり、あっちのお願いきいたり、こっちのお願いきいたり、ヘラという正妻がいながらも、白鳥やウシや時には黄金の雨に化けては美しい女性のもとに行って交わる絶倫野郎だ。そういうのがギリシャ神話の神々。



アレクサンドリアはエジプトだが、エジプトの宗教をそのまま受け入れることに抵抗のあったプトレマイオスが何をしたかというと、混ぜたんですね。エジプトの神とギリシャの神を合体させて、新しい神セラピスをつくりだした。極めて意図的につくられた神だけど、エジプト人達にもよく受け入れられたらしい。


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直線や点、円、などの幾何学の定義を定め体系化したユークリッド。地球一周は約4万キロだけど、これを推論と観測、計算によって殆ど正確にはじき出したエラトステネス。天体の観測から地動説を唱えたアリスタルコス。こういった研究はすべてアレクサンドリアで行われていたのだ。ちなみに、こういった古代ギリシャ文化と、精神を否定、破壊したのがキリスト教徒たちだった。ハッキリ言って単なる「神話」に過ぎない聖書の世界観を信じさせるには、合理的、科学的に世界を説明されたら困るわけだ。キリスト教徒にとって、ギリシャの精神、ギリシャ的知性は排除しなければならない敵だった。

ついでに、一点忘れてならないのは、忘れ去られた古代ギリシャの数学や医学を引き継いで発展させたのは実はイスラムだったということ。今でこそヨーロッパが先進国であるけど、もともとヨーロッパ人というのは遅れたやつらだった。文明化した人間が、未開の人間を野蛮人と言ったりするが、中世においては高度な文明をもつイスラムにとって、遅れたヨーロッパ人は野蛮人だった。そのヨーロッパも進んだイスラムを通して古典(ギリシャ)を学んでいき、それがルネサンス、そして宗教改革、近代化へと繋がっていき、今の先進国という位置にいるというのが歴史の流れだ。


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中世あたりのイスラム学者の著作を少し読んでみると、非常に合理的に考えているのが分かる。ただし、いかに理詰めで考えられていても、ある地点までいくと突然「神がつくった」みたいな話に飛躍する。結局、神が万物の創造者という前提をもっている時点で、必ず一定の場所で思考がストップするわけだ。ここに宗教と哲学の決定的違いが見いだされる。前提を置かず、自分で考えるのが哲学だから。


古代世界からしたら、現代は世界人権宣言のようなものまでつくられるような世の中にはなったが、それでもなお凄惨な殺し合いが続いている。果たして人類は前に進んでいるのだろうか。むしろ後退しているのではないのか。古代から変わらないであろう美しい地中海を眺め、そこからアレクサンドリアの街を見ていると、そう思わずにいられなかった。

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プロフィール

染谷 裕太

Author:染谷 裕太
2012年6月カナダからスタートした自転車世界旅行をきっかけに始めたブログです。当初は単純な旅日記でしたが、現在は旅だけではなく日常も含めた様々な場面で自転車を楽しみ、その面白さを発見し、発信していきたいと思い書いています。

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