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Category: [南米]コロンビア

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「mi casa tu casa」 私の家はあなたの家 出発321~322日目


2013年5月13日

本日はイバゲという街まで。
イバゲはトリマ県の県都なのでそれなりにデカイはず。


朝食は不動のエースラーメン「辛ラーメン」投入。
ずっとラスト1つだったけど、ボゴタで補充できたからな。
IMGP2604_20130520082353.jpg


基本的には緩い上りなんだけど、一瞬だけ凄くキツクなった。
IMGP2620.jpg


一瞬のキツイのが終わりあとはダラダラと街まで上り続ける。
IMGP2622.jpg


途中で自転車に乗ったおっちゃんが話しかけてきた。
すこし話した後、走るペースを合わせてきた。
もー、そういうのはいいわー、空荷なんだからさっさと先行けや。
と思ったら流石にペースが遅すぎたのか、先に行ってくれた。良かった。



人がいる。
IMGP2623.jpg




そして、そのあともノロノロと上っていると、
今度は車に乗ったコロンビア人に声をかけられた。
少し話して「4時にセントロのボリバール広場に集合」ということになった。
ホテルはとるなと言っていたから、どうやら泊めてくれるらしい。
良い人そうではあったが、しかしコロンビア人。
本当に来るのか?と思ったけど、すっぽかして日本人の評判を落とすわけにもいかないので、
素直にボリバール広場に向かう。

広場ではリャマを引きつれ観光客相手に写真を撮らして金をふんだくるという商売をしている人がいて、その人に「写真撮るからこっち来て」と言われた。全く意味が分からない。どういうことだ。ついて行くと、クシャクシャの顔をしたお爺ちゃんがカメラをもってスタンバっていた。そしてリャマの背中には孫が乗っている。孫onリャマの隣に自転車と自分、で記念撮影。

そういうことか!

・・・。

いや、そういうことなのか!?
何かよく分からないけど、自分はリャマと同列ってことですか。
そんな扱いされるなら今度からミドルネームにリャマっていれちまうぞ。
染谷・リャマ・裕太。とかやっている内に先ほど出会った人が来ていた。



そして、セントロから歩いて数分。
ご自宅にお邪魔することに。

家の中には日本語が書かれた湯飲み、日本語の暖簾みたいなもの、
釣り道具、自転車などが置いてある。
息子さんが日本で働いているらしい。

「カルネ(肉)食べる?」と聞かれたので、即答で「食べます」と答える。
遠慮はしませんよ。僕は。

もう夕方だからそれが夕食かと思ったら、あとでしっかり夕食も出てきた。
腹、一杯です。


一応メキシコからスペイン語圏に入り、半年ほど旅をしている。
そう聞くと喋れそうに思われるかもしれない。そう思ったとしたらそれは甘い。
赤ちゃんじゃないのだから、習得する意思なくして上達はない。
はっきり言って相当努力しないと言語なんて喋れるようにはならない。
旅してたら喋れるようになったという人がいるとしたら、
それは陰でかなり勉強したか、天才か、勘違いしているかのどれかだ。

で、自分の場合、言語に関しての向上心は100がMAXとしたら2くらいなので、
当然ほぼ喋れないし、言ってることも分からない。


でも、そんな自分に対して粘り強く話しかけてくる。
普段ならどうせ分からないと諦めるのだけど、今回は辞書で調べながら返していた。
泊めてもらった手前簡単に諦めるわけにもいかないな、という理由だった。最初は。

夕食を終えたその日の晩、旦那さんのWalterさんと奥さんのMileidnさんと
ソファーに座りながら話していた。
話題が明日のことになり、「明日はカハマルカまで行く」と言うと、
「もう一日泊まらない?」と言われた。
正直に言うと、実は初めからイバゲに連泊する気でいた。
ただ、やはり人の家というのは気を使うし、2泊もするのは悪いなという気持ちもあり、1泊で出て適当なホテルでもう1泊しようと思っていた。だから「いや、明日でるよ」と答えたのだけど、その答えに対して「泊まって欲しい」と直球でお願いされた。

絶対に裏表なんかない、あまりの直球ぶりだったのでこちらももう1泊お世話になってもいいかな、という気になり「じゃあ、もう一日泊まります」と答えた。


その後少し話して、その日は就寝。
翌朝、一度目を覚ましてそのあとベットでダラダラして8時頃「ブエノスディアス(おはよう)」といってリビングに顔を出す。

この日は二人が働いている釣具店に行き、旦那さんの親が経営する自転車屋にも案内してもらった。お昼はチキンを買って一度店を閉めて自宅に戻り、3人で食べ、その後は「私達は仕事に行くけど家でゆっくりしてもいいよ」と言われたので遠慮なくゆっくりさせてもらう。


ソファーで寝転んでいたらいつの間にか寝ていて、気付くと暗くなっていた。
2人が帰ってきて、また辞書を片手に会話をする。
辞書使ってまで会話をするのも、初めは「世話になるから」という理由だったけど、この時にはもうそんな気持ちはなかった。2人は昨日会ったとは思えないほどに良くしてくれた。本当の家族のように情をもって接してくれた。もしかしたら日本にいる息子と日本から来た自分を重ねて見ていたのかもしれない。そんな人達に対して意味が分からなくて面倒だから、といって会話を放棄することなど、とてもできなかった。自分で自分のことは薄情な人間だと思うけれど、この時はいつも通り薄情ではいられなかった。

2人はスペイン語のできない僕に合わせてゆっくりと、ハッキリと、そして文章でなくほぼ単語で喋りかけてくる。

会話が一段落して間が空いた時、Walterさんが
「mi casa tu casa」と言った。
伝わったかどうかを確かめるように言い終わった後、もう一度ハッキリした口調で「mi casa tu casa」と言った。スペイン語できないとはいえ、これは分かった。「mi」は「私の」。「casa」は「家」。「tu」は「あなたの」。「私の家はあなたの家」
まさかそんなテレビでしか聞いたことのない台詞を言われる時が来るとは思わなかった。


ベットや言葉だけじゃなく、持って行くようにピーナッツ、シリアル、プルーン、丈夫な木の棒、缶詰、手紙・・・本当に色々と頂いた。


今まで沢山親切を受けてきた。
言葉でお礼は言ってきた。でもそれだけだった。特に何かを返したことはなかった。
でも、この人たちには駄目だ。言葉だけで去る事は出来ない。ここまでされて「ありがとう」だけで去るのなら、こんな自転車旅行なんか止めちまえ!くらいの気持ちだ。

というわけで、一度見せたらえらい気に入っていた日本から持ってきた料理用の小さなナイフを置き土産で置いていこうと思った。思ったら・・・「あげる」という言葉を待ち切れないほどに欲しかったらしく、新しいナイフを買ってきて「これと交換してくれ」と言われてしまった。

・・・先を越された。

向こうから言われたものを、それをお返しにするわけにもいかない。
仕方ないので自分が作れる最高の物。それはジャパニーズペーパーアート=折り紙。
折り紙で鶴を作って羽の部分に簡単にお礼の言葉と、名前と日付をいれた。
大きいのと小さいのを作り、大きいのは普通に、小さいのは尻尾を脚にしてちょっとウケを狙った・・・んだけど、普通に感動モードで受け取られたので、全然ウケなかった。別にいいけど。
DSCN0875.jpg


出発の朝は雨が降っていた。
面倒臭い。もし「もう1泊していけ」と言われたら甘えていたかもしれない。でも、お互い分かっていた。コロンビアの雨はすぐあがる。その通り、1時間ほどで雨は止んだ。
最後はハグをして、お別れ。


たった2日間だった。でも2日という時間以上に濃い時間だった。
本当に素敵な体験をさせてもらいました。
ありがとうございました。
「このご恩は一生忘れません」という台詞を本気で言えそうな時が来るとはな。


本当にありがとうございました。
IMGP2643.jpg


そんなコロンビアのイバゲでの出会いでした。


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comments
 
イイハナシダナー( ;∀;)
しかし、お礼に折り紙とは中々洒落た発想ですね。
確かに日本の文化ですし、海外の人に喜ばれるかも。

折り紙も進化していて、今は様々な折り方も開発されているのだとか。
私はニコニコ動画よく見ますが、バラを折っている動画を見たことがあります。
流石に複雑で、マネをしようとは思いませんでしたが・・・
Re: タイトルなし 
何かお返しを、と思うと折り紙くらいしか思いつきませんでした。日本の湯飲み茶碗とかが飾ってあったので、その脇に飾れば丁度よさそうでしたし。芸は身を助くと言いますが、折り紙に助けられました。日本人なら大体の人が折れるので芸って程のものではないですが(笑)


> イイハナシダナー( ;∀;)
> しかし、お礼に折り紙とは中々洒落た発想ですね。
> 確かに日本の文化ですし、海外の人に喜ばれるかも。
>
> 折り紙も進化していて、今は様々な折り方も開発されているのだとか。
> 私はニコニコ動画よく見ますが、バラを折っている動画を見たことがあります。
> 流石に複雑で、マネをしようとは思いませんでしたが・・・
Ibagué より 
今日、周藤卓也さんのブログから飛んで、初めて読みました。

素晴らしいお話、感動しました。わたしは、昨年7月から Ibagué に住んでいます。残念ながら、日本に自転車を置いてきました。ぜひ、こちらの自転車屋さんには行ってみたいです。

ここでも、行くとこに行けば、じゅうぶん、強盗に、あいます。もう、コロンビアは出たようですが、これからも気をつけてください。
Re: Ibagué より 
コメントありがとうございます。まさかイバゲ在住の日本人の方からコメント頂けるとは。コロンビアとは縁がある。
自転車屋さんは是非行ってみてください。流石に日本の品揃えには及ばないですが、十分に楽しめるレベルのスポーツ車は置いてありました。イバゲからならボゴタ方面に向かって国道を走るとしばらくずっと緩い下りなので楽しいと思います。戻るのが大変ですが(笑)



> 今日、周藤卓也さんのブログから飛んで、初めて読みました。
>
> 素晴らしいお話、感動しました。わたしは、昨年7月から Ibagué に住んでいます。残念ながら、日本に自転車を置いてきました。ぜひ、こちらの自転車屋さんには行ってみたいです。
>
> ここでも、行くとこに行けば、じゅうぶん、強盗に、あいます。もう、コロンビアは出たようですが、これからも気をつけてください。
 
染谷 裕太 さん

お返事ありがとうございます。先に分かっていれば、間違いなく、コロンビア人の彼女と、お誘いしました。日本は、3台のドロップハンドルの自転車が置いてあります。東京から、長野や、浜松まで、それぞれ一日で漕いだことがあります。

実は、ここの丘の頂の公園で一人で昼ご飯を食べていると、2人組でナイフで脅され、バックパックにしていた Ortlieb のパニアと靴と奪られました。パスポートや、小銭、弁当箱は奪りませんでした。パニアは、前後4つ持ってきて、前一つを失ってしまいました。靴は、半年履いたので、仕方ないです。

Walter さんの、釣具店はどこですか? ご両親が自転車屋さんをしていらっしゃるとのことですね?私は、Centro の公園の近くに住んでいます。15 キンタを通られたと思いますが、キンタ沿い、教会と橋が交わるところの下(しも)側に、いくつか自転車は見たことがあります。

ボゴタとは、バスや車では何回も往復しています。あとは、一度、バスで Caja Marca, を通ってマニサレスまで行きました。自転車で行くのは、さすがにきついと思いました。マニサレスとイバゲの間の火山 Nevado Del Ruiz は、1985年に噴火し、少女が飲み込まれる悲劇があったようです。マニサレスからは綺麗に見えました。自転車を日本から送るか、こちらで手に入れるかすれば、いつか近寄りたいと思っています。

あと、漢字を教えてあげる記事を読みましたが、こちらの人は刺青にして入れることも多いので、私はカタカナで書くことにしています。
Re: タイトルなし 
1日で東京から長野、浜松は凄いですね。僕はたぶん出来ません(笑)
Walterさんの釣具屋はセントロの一番賑やか(たぶん)な通り沿いだった気がします。一つの建物の中に沢山お店が入っている場所です。連れて行かれたのでちょっと記憶が曖昧です。あとご両親の自転車屋さんは教会と橋のところでした。僕が行った時は橋は工事中でをペンキで塗ってました。お店の正確な名前は忘れましたが「BAYONA(Walterさんのファミリーネーム)」は入っていました。

しかし、やはり襲われる時は襲われるのですね。僕もWalterさんに「ここは危ないよ」と注意された場所があり、確かにそこはあまり良くない雰囲気でした。日本人は嫌でも目立ってしまうでしょうから、旅行者の僕が在住の方に言うのもあれですが、十分お気を付けてください。



> 染谷 裕太 さん
>
> お返事ありがとうございます。先に分かっていれば、間違いなく、コロンビア人の彼女と、お誘いしました。日本は、3台のドロップハンドルの自転車が置いてあります。東京から、長野や、浜松まで、それぞれ一日で漕いだことがあります。
>
> 実は、ここの丘の頂の公園で一人で昼ご飯を食べていると、2人組でナイフで脅され、バックパックにしていた Ortlieb のパニアと靴と奪られました。パスポートや、小銭、弁当箱は奪りませんでした。パニアは、前後4つ持ってきて、前一つを失ってしまいました。靴は、半年履いたので、仕方ないです。
>
> Walter さんの、釣具店はどこですか? ご両親が自転車屋さんをしていらっしゃるとのことですね?私は、Centro の公園の近くに住んでいます。15 キンタを通られたと思いますが、キンタ沿い、教会と橋が交わるところの下(しも)側に、いくつか自転車は見たことがあります。
>
> ボゴタとは、バスや車では何回も往復しています。あとは、一度、バスで Caja Marca, を通ってマニサレスまで行きました。自転車で行くのは、さすがにきついと思いました。マニサレスとイバゲの間の火山 Nevado Del Ruiz は、1985年に噴火し、少女が飲み込まれる悲劇があったようです。マニサレスからは綺麗に見えました。自転車を日本から送るか、こちらで手に入れるかすれば、いつか近寄りたいと思っています。
>
> あと、漢字を教えてあげる記事を読みましたが、こちらの人は刺青にして入れることも多いので、私はカタカナで書くことにしています。
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プロフィール

染谷 裕太

Author:染谷 裕太
2012年6月カナダからスタートした自転車世界旅行をきっかけに始めたブログです。当初は単純な旅日記でしたが、現在は旅だけではなく日常も含めた様々な場面で自転車を楽しみ、その面白さを発見し、発信していきたいと思い書いています。

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