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愉しい自転車&生活

2021年03月 の記事一覧

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Category: [トルコ・ギリシャ]旅後

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セルチュクからプリエネ遺跡まで


エフェソスから50㎞ほど南にあるプリエネ遺跡。このプリエネは、どうやらアテネをもとにして設計された町らしくアテネの行政下にあったそう。
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海岸線の変化。昔はプリエネもエーゲ海に面していたが、川からの土砂で今ではすっかり内陸となっている。
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プリエネの人々はポリスの繁栄と平和に力を注ぎ、エフェソス人の様に高慢な態度で繁栄を誇示することはなかったと伝わりますが、それを知ってなるほど思った。エフェソスはローマ以降の建造物が多いのもあるだろうが、古き良きエーゲ海文明というよりは、まさに繁栄を誇示するローマの都市という感じだった。あまり好きな遺跡ではなかったな。エフェソス見るくらいだったら、このプリエネやアソス、ベルガマなどの方がよかった。特にアソスの文明と自然が一体となったような感動的景色は古代ギリシャ文明へのイメージが一新されたほど。
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ちょっと小さいですがよく見ると正面の大きな岩山の中腹、緑に囲まれて遺跡があるのが見える。
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プリエネを見終え、ついに旅は哲学の故郷ミレトスへ
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Category: [トルコ・ギリシャ]旅後

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自然哲学発祥の地


哲学発祥の地はギリシャですが、その当時は現トルコも含めたエーゲ海沿岸一帯がギリシャ文化圏として緩いまとまりを持っていました。政治的にはアテネのような民主政を敷く国家もあれば、スパルタのような厳しい軍事訓練と共同生活で市民を統率した国もあり、バラバラでしたが、言語や文化では同じギリシャ人意識で繋がっていました。

その数ある国家の中でもミレトスは、ひらかれた国際都市であり先進的な場所でした。異なる文化、異なる言語の人達が行き交う場所だったからこそ、絶対的正しさを求める宗教性から脱皮して、皆の納得を生み出す普遍性を求める哲学的思考が生まれたのでしょう。
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正面に見えるのは劇場。
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さすがにミレトスなので何台かバスが来たりしていましたが、エフェソスなんかと比べればきわめて少なく、観光開発なんぞほぼされていない。
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敷地内にあるミュージアム
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航空写真
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劇場。古代においてはこの劇場の前は海だった。
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写真では伝わらないかもしれないが、ミレトスにいる時、なんと素晴らしい場所かと感動していた。哲学の祖と呼ばれるタレスはこのミレトスの出身だった。古代ギリシャ哲学の歴史はソクラテス以前と以後で明確に分かれていて、ソクラテス以前は、自然を理解するための科学的な探求も、いかに生きるかという純フィロソフィーの話も一緒になっていた。しかしそれはソクラテスによって明確に区別された。

どれほど科学的に、精緻に自然を解明できたとしても、それ自体は自分がいかに生きるかという問題とはなんら関係がない。しかしむしろ核心はそこであり、よりよく生きるという探求、実践なくしては、科学にしても医学にしても、政治にしても、あらゆる個別学問は根付く場所を失う。簡単に言えば、哲学がないと個別学問はいくらでも悪用でき、自分や他者を不幸にする害にしかならないということ。

というように自然哲学から純粋に哲学をとりだしたのはソクラテスですが、タレスが哲学の祖と呼ばれるのは、それはタレスが、他人の言うことや神話による世界説明に満足せず、自らの頭で考え、合理的な説明を志した記録が残る最初の人間であり、自身の納得をめがけて生きたからだ。それはつまり「個人」の誕生だった。

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このミレトスには、そんな歴史的な場所であることを感じさせる空気が確かにあった。
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朽ち果て静かに残る遺跡から古代のエーゲ海文明を想い、旅は次の目的地ディディムへと続きます。


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Category: [その他]政治・社会

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インチキコロナパンデミック


もう確信をもって言えますが、このコロナ騒ぎはインチキです。あまりにもおかしすぎる。

この騒ぎで最大のインチキはPCR検査ですが、まずPCRとは遺伝子の断片を増幅させる技術であり、ウイルスそのものを検出する検査ではありません。PCRで分かるのは、あくまでも遺伝子全体の300分の1ほどというごく一部であり、それが本当に新型コロナの物であるのかは別の話(別の物の遺伝子が反応している可能性を捨てきれない)。さらに仮に検出した遺伝子断片が目的のウイルスのものであったとしても、原理上その遺伝子の持ち主(ウイルス)に感染性があるのかまでは分からない。つまりPCR「陽性」はイコール「感染」を意味しません。にもかかわらず、マスメディアは一年以上毎日陽性者を感染者と報道している。これは完全に嘘、詐欺の報道です。

またPCRに限らずいかなる検査でも同じですが、100%の精度で陽性、あるいは陰性を判定できる検査はない。それは偽陽性、偽陰性の可能性を排除しきれないということなので、手あたり次第にやればやるほど検査結果の信頼性はなくなる。あくまでも実際の患者の症状を医師が診察して、そこに検査結果を加えて、総合的に判断する。これまではそうしていたはずです。しかしコロナに関してはPCRの結果が絶対基準。陽性がコロナ感染とされている。

コロナは感染力が強いとされていますが、一年以上経って陽性者(感染者ではない)は45万人程度です。インフルエンザは1シーズンで1000万人以上がかかります。冬のピーク時では1週間に推計200万人ほどがインフルエンザで病院にかかります。1日平均28万人にもなります。死者の数も関連死を含めればコロナよりもずっと多いですし、そもそもコロナの死者数はPCR陽性者であれば例え全く別の死因であってもコロナ死としてカウントするので水増し(感染者も同様)されています。

コロナの特徴は無症状だと言いますが、何の症状もないって、そりゃただの健康な人でしょう。健康で何もない人を「無症状」という症状(笑)にすることで、全員をコロナ容疑者とする。全員を容疑者することで全員をワクチン接種の対象者にし、全員を行動規制の対象にする。感染症対策という名の下に堂々と人権を制限し、人々の自由を奪う。

こんなものは、PCRをやめて、マスクを外し、コロナの特別扱いをやめれば、その瞬間終わります。

PCRといういい加減な検査で、国民の0.4%程度の陽性者がいるだけで大流行ですか?しかも多くの人は無症状。それでみんながワクチン打つのですか?しかもそのワクチンとは一年という、通常あり得ないような短期間で作られた即席の遺伝子組み換えワクチンなのに?製薬会社やそこに出資する人間、関連企業は史上空前の儲けでしょう。

疑いなく信じている人も、ちょっとおかしいと思っている人もまず自分で調べてみて欲しい。自分で情報を精査することを怠ると騙されます。他人の意見に依ると自分の中の確信が弱いので同調圧力に流されます。コロナを終わらせる唯一の方法はワクチンではなく皆が気づくことです。


プロフィール

染谷 裕太

Author:染谷 裕太
2012年6月カナダからスタートした自転車世界旅行をきっかけに始めたブログです。当初は単純な旅日記でしたが、現在は旅だけではなく日常も含めた様々な場面で自転車を楽しみ、その面白さを発見し、発信していきたいと思い書いています。

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