愉しい自転車&生活

2017年04月14日 の記事一覧

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Category: [その他]雑記

Tags: 感想  

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フンボルトの冒険


最近「フンボルトの冒険」という本を購入した。

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まだフランス革命の前後という時代、狂ったような情熱でもって南米を探検したフンボルト。
フンボルトは学者、科学者、冒険家、そのいずれでもあり、いずれでもなかった。鉱物、植物、動物、気象、天文・・・自然のあらゆることに興味をもった。というより、フンボルトにとってそれらは決してバラバラの別の分野ではなく、全体との関係の中で初めて意味を成す「一つの自然」だった。フンボルトが知りたいのは、個別分野での分類や研究ではなく、それらがどう相互に関連しあい、繋がっているのかだった。細部を観察する顕微鏡のような眼と、絶えずそれを自然全体との関係の中で捉えようとする巨視的な眼、そして人並み外れた熱意と頭脳が、あらゆる分野を横断させ、地球は一つの生命であるという独自の自然観に到達させたのだった。

いまは南米旅行なんて簡単ですが、スペインの植民地であった当時は外国人が南米に行くのは非常に難しかったらしく、またインフラも現代とは比べ物にならないのは想像するまでもない。ただそこに行くだけで大変なのに、さらにそこで誰にもできないような調査をし、そこから時代に先んじる自然観を提示した。そればかりではなく、人間の活動が自然の循環を断ち切り、深刻な環境破壊をもたらすこと、奴隷制度や植民地支配への批判、植民地政策による単一栽培と商品作物の栽培が豊かな大地を搾取し、住民達は自分らの食べるものすら作ることができず、中南米が貧困と依存に陥る(陥っている)ことなども指摘した。フンボルトは自然と科学に強烈な関心を持ったが、ただそれにしか興味が無いような人間ではなかった。というより、フンボルトにとっては人間も自然の一部だったのだろうと思う。偏見や宗教的観念にとらわれずに、人間も自然の一部としてそのまま見ているからこそ、環境破壊の愚かさや人種差別の馬鹿馬鹿しさを強く感じたのだろうと思う。

地球規模で自然環境を捉えるのは今日では当たり前(地球温暖化とか)ですが、それは知らずの内にフンボルトが提示した見方を踏襲しているということになるわけです。しかし、もしかしたら現代では、益々細分化された学問の影響とフンボルト的視点が「常識」となりすぎてしまっているが故に、逆に全体の関連の中で捉える想像力を欠いているかもしれないし、そういう想像力を働かせてすらいないかもしれない。フンボルトは自然を理解するには想像力が必要だと言ったにもかかわらず。そういう意味で、この本でフンボルトを再発見することは現代に有用なのだと思う。フンボルトという過去の人間の伝記が「今」欧米メディアで評価されるのは、やはり「今」求められているものがこの本にあるのでしょう。

と、ここまで書いておいて実はまだ半分しか読んでないというね。
しかし、こんなの読んだらまた南米に行きたくなるな。ただでさえ旅の最後に南米再訪は僕の中で断然アリなのに。


プロフィール

染谷 裕太

Author:染谷 裕太
2012年6月カナダからスタートした自転車世界旅行をきっかけに始めたブログです。当初は単純な旅日記でしたが、現在は旅だけではなく日常も含めた様々な場面で自転車を楽しみ、その面白さを発見し、発信していきたいと思い書いています。

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