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ペリクレスの演説


古代ギリシャ、アテナイの政治家ペリクレスの演説。流石に分厚い本を旅には持っては行けないので、現地に行っても読めるように書きとどめておく。2500年前の事とは思えぬ凄まじい演説なので、長いですが是非読んでみてください。演説は古代ギリシャの歴史家トゥキュディデスの「戦史」で書かれています。全文ではなく抜粋しています。


『われらがいかなる理想を追求して今日への道を歩んできたのか、いかなる政治を理想とし、いかなる人間を理想とすることによって今日のアテナイの大をなすこととなったのか、これを先ず私は明らかにして戦没将士にささげる讃辞の前置きとしたい。この理念を語ることは今この場にまことにふさわしく、また市民も他国の人々もこの場に集う者すべて、これに耳を傾けるものには益する所があると信ずる。

われらの政体は他国の制度を追従するものではない。ひとの理想を追うのではなく、ひとをしてわが範に習わしめるものである。その名は、少数者の独占を排し、多数者の公平を守ることを旨として、民主政治と呼ばれる。わが国においては、個人間に紛争が生ずれば、法律の定めによってすべての人に平等な発言が認められる。だが一個人が才能の秀でていることが世にわかれば、輪番制に立つ平等を排し、世人のみとめるその人の能力に応じて、公の高い地位を授けられる。またたとえ貧窮に身を起こそうとも、国に益をなす力をもつならば、貧しさゆえに道を閉ざされることはない。われらはあくまでも自由に公につくす道をもち、また日々たがいに猜疑の目を恐れることなく自由な生活を享受している。よし隣人がおのれの楽しみを求めても、これを怒ったり、あるいは実害なしとはいえ不快を催すような冷視を浴びせることはない。私の生活においてわれらはたがいに制肘を加えることはしない、だがこと公に関するときは、法を犯すふるまいを深く恥じ恐れる。時の政治をあずかるものに従い、法を敬い、とくに、侵されたものを救う掟と、万人に廉恥の心を呼びさます不文の掟とを、厚く尊ぶことを忘れない。

また、戦いの訓練に目を移せば、われらは次の点において敵側よりもすぐれている。まず、われらは何人にたいしても都を開放し、決して異国の人々を追い払ったことはなく、学問であれ見物であれ、知識を人に拒んだためしはない。敵に見られては損をする、という考えをわれらはもっていないのだ。なぜかと言えば、われらが力と頼むのは、戦の仕掛や虚構ではなく、事を成さんとするわれら自身の敢然たる意欲をおいてほかにないからである。子弟の教育においても、彼我の距りは大きい。かれらは幼くして厳格な訓練をはじめて、勇気の涵養につとめるが、われらは自由の気風に育ちながら、彼我対等の陣をかまえて危険にたじろぐことはない。

苛酷な訓練ではなく自由の気風により、規律の強要によらず勇武の気質によって、われらは生命を賭する危機をも肯んずるとすれば、はやここにわれらの利点がある。なぜなら、最後の苦悶に耐えるために幼少より苦悶に慣れ親しむ必要がない。また死地に陥るとも、つねに克己の苦悩を負うてきた敵勢にたいしていささかのひるみさえも見せぬ。これに思いをいたすとき、人はわが国に驚嘆の念を禁じえないだろう。だがわれらの誇りはこれにとどまるものではない。

われらは質朴のうちに美を愛し、柔弱に堕することなく知を愛する。われらは富を行動の礎とするが、いたずらに富を誇らない。また身の貧しさをみとめることを恥とはしないが、貧困を克服する努力を怠るのを深く恥じる。そしておのれの家計同様に国の計にもよく心をもちい、おのれの生業に熟達をはげむかたわら、国政のすすむべき道に充分な判断をもつように心得る。ただわれらのみは、公私両域の活動に関与せぬものを閑を楽しむ人とは言わず、ただ無益な人間と見なす。そしてわれら市民自身、決議を求められれば判断を下しうることはもちろん、提議された問題を正しく理解することができる。理をわけた議論を行動の妨げとは考えず、行動に移るまえにことをわけて理解していない時こそかえって失敗を招く、と考えているからだ。

この点についてもわれらの態度は他者の慣習から隔絶している。われらは打たんとする手を理詰めに考え抜いて行動に移るとき、もっとも果敢に行動できる。しかるにわれら以外の人間は無知なるときに勇を鼓するが、理詰めにあうと勇気を失う。だが一命を賭した真の勇者とはほかならず、真の恐れを知り真の喜びを知るゆえに、その理を立てていかなる危険をもかえりみないものの称とすべきではないだろうか。

またわれわれは、徳の心得においても、一般とは異なる考えをもつ。われらのいう徳とは人から受けるものではなく、人にほどこすものであり、これによって友を得る。またほどこすものは、うけた感謝を保ちたい情にむすばれ、相手への親切を欠かすまいとするために、友誼はいっそう固くなる。これに反して他人に仰いだ恩を返すものは積極性を欠く。相手を喜ばせるためではなく、義理の負い目をはらうにすぎない、と知っているからだ。こうしてただわれらのみが、利害得失の勘定にとらわれず、むしろ自由人たる信念をもって結果を恐れずに人を助ける。

まとめて言えば、われらの国全体はギリシアが追うべき理想の顕現であり、われら一人一人の市民は、人生の広い諸活動に通暁し、自由人の品位を持し、おのれの知性の円熟を期することができると思う。そしてこれがたんなるこの場の高言ではなく、事実をふまえた真実である証拠は、かくのごとき人間の力によってわれらが築いた国の力が遺憾なく示している。なぜならば、列強の中でただわれらの国のみが試練に直面して名声を凌ぐ成果をかちえ、ただわれらの国にたいしてのみは敗退した敵すらも畏怖をつよくして恨みを残さず、従う属国も盟主の徳をみとめて非をならさない。かくも偉大な証蹟をもってわが国力を衆目に明らかにしたわれらは、今日の世界のみならず、遠き後の世にいたるまで人々の賞嘆のまととなるだろう。』



The Parthenon
アテネのパルテノン神殿 (C)New Carthago City
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人類の起源


整理するためと旅中に復習できるようにメモ。


今回はアフリカ。テーマは人類の起源。

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今現在、人類の起源はアフリカにある、という事は、猿人の化石がアフリカでしか発見されていないことからもほぼ間違いのないとされている。しかし、現生人類(ホモ・サピエンス)の起源には2つの説がある。一つは唯一アフリカを起源と考えるアフリカ単一起源説。もう一つはアフリカで進化した原人や旧人が、アジアやヨーロッパに広がり別々に進化していったとする多地域進化説。

現在、多くの人類学者はアフリカ単一起源説を支持しているが、以前は多地域進化説が支持されていた。なぜなら、単一起源説をとると、現在の多様な人種的違いが20万年という短い時間で現れたことにってしまう。一方、多地域進化説では180万年ほどかけてそれぞれの地域で人類が進化したことになり、現代人の違いを見るとその方が納得しやすかった。


しかし何故今アフリカ単一起源説が主流になったのか。
それは今日も続けられる化石の発掘と、なにより決定打となったのはDNA解析の成果。

DNAによる人類起源の探求で出てくるのが「ミトコンドリアイブ」という言葉。
これが色々と誤解の多い言葉で、調べてもずーっと腑に落ちなかった。ミトコンドリアイブの誤解、という内容で誤解を解くために書かれた説明を読んでも腑に落ちなかった。まずミトコンドリアイブについて、一般にどう説明されているのか。デジタル大辞泉から引用してみる。


ミトコンドリア・イブ
イブの仮説で、現在の人類の母系祖先を遡っていったとき、最初にたどりつく、共通する一人の女性祖先のこと。
◆現在の人類はミトコンドリアイブの遺伝子を受け継いではいるが、人類がその女性から始まったわけではない。ミトコンドリアイブの同時代には、他にも多くの女性が存在し、その一部の遺伝子は、途中で男系子孫を介しながら、現在まで受け継がれている。また、ミトコンドリアイブからさらに祖先を遡ることもできる。その母系祖先たちも現在の人類に共通する女性祖先のひとりであるが、その中で、現在の人類に最も近い世代の祖先が、いわゆるミトコンドリアイブである。また将来、ミトコンドリアイブにつながる複数の系統のどれかが途絶えた場合、現在ミトコンドリアイブとされている女性の次世代以降の女系子孫が新たにミトコンドリアイブとなる可能性もある。


以上。
上の説明仕方にのっとってもう少し詳しく解説してみます。
まず生物はDNA(遺伝情報)を持っています。遺伝情報は母と父から子へと受け継がれていきます。その時に、両親の遺伝情報が組み合わさって子供へと伝わるわけですが、中には組み換えの起こらないものもあります。それがミトコンドリアDNAです。ミトコンドリアDNAにはある特徴があります。それは、父親から子へ伝わることはなく、母親から子へのみ伝わるということ。そして突然変異を除き、遺伝子の組み換えが起こらない。
つまり、太郎さんという人がいるとして、太郎さんのミトコンドリアDNAは太郎さんの母親からそのまま受け継ぎます。そして太郎さんの母親のミトコンドリアDNAは彼女の母親から、その母親はそのまた母親から・・・といった具合に論理的には母系を遡っていく事が可能といえます。その考えのもと現代人のミトコンドリアDNAの解析結果を分析していくと、アフリカのある集団に辿りつき、そして一人の女性までいきつく。これがミトコンドリア・イブです。




と、大変ロマンを掻き立てるような説明だと思いますが、何でこれが誤解を生むのかというと、実際の研究方法をほとんど説明せずに、ミトコンドリアの特性上、理論的にこういう風に辿ることが可能です、という説明に終始しているからだと思う。


そもそもDNA解析でなぜ人類の枝分かれを辿れるのか。
それは分子時計という考え方に根拠を置く。専門じゃないので詳細な理論までは追い切れてないけど、分子時計という考えの元は、生物のアミノ酸配列の置換数と化石による種の分岐年代がピタリと符合するという内容の研究です。ミトコンドリアイブを導いた研究というのは、それをDNAの塩基配列に応用して人種の分岐年代を推定するというもの。ミトコンドリアDNAは母から子へとそのまま受け継がれるが、非常に低い確率で遺伝子の転写ミスが起こる。その転写ミスによる変異と、それが起こる確率によって推測するわけです。


つまり非常に大雑把に言うと、塩基配列の変異ヵ所、そして変異率を見て、大きな違いを持つほど時間的に古い年代に分かれた。小さな違いであれば比較的最近分かれたと言える。であれば、異なる人種間でDNAを調べていけば、似たもの同士を同じグループにまとめ、グループ同士でまた比較し、近いものを統合しといった具合に系統樹を作成できる。その結果、現生人類はアフリカに起源をもつという結論に至った。もちろんここでいう結論というのは、実際にミトコンドリアイブのDNAが発見されたという意味ではありません。あくまで分子時計を根拠にした現代人のDNAから導き出される仮説。


Mitochondrial_eve_tree.jpg


上の図はウィキペディアからですが、図のL0aからL3はアフリカにしか存在しない。またアフリカ人の間での遺伝子の変異が最も大きいため、現生人類はアフリカで生まれ、その後枝分かれしていったという事になる。変異が大きいと何故古いかは先に説明した通り、遺伝子が大きく変わるにはそれだけ長い時間が必要であり、アフリカ人の遺伝子が最も多様だということは、それだけの長い時間をかけて集団の間に遺伝子の変異差がたまっていったという事になるから。


つまりこの研究は、チンパンジーやゴリラのDNAを解析して、同じ要領で系統樹を作成していった時に、類人猿と人類と共通の祖先がどのような枝分かれで今に至るのかを示したものと変わりない仮説という事になる。それを人間に限定してやった時に、現代人の元となる集団はアフリカにいた、というものだ。だから、あたかも古代人の遺伝子を発見した、イブを見つけた、かのような記述は間違いで、一人の女性から始まったという類の説明は科学ではなく宗教という事だ。

以上のように、DNA研究はアフリカ単一起源説を強力に支持する根拠の一つではあるけれど、絶対的根拠ではない。また、似たようなものとして男系を辿るY染色体アダムというのもあるけれど、それも同じ手法による研究で、その結果もアフリカ単一起源説を支持するものとなっている。


というわけで、どうやら猿人や原人だけでなく、現生人類(ホモ・サピエンス)もアフリカで生まれたようだ。だとしたら、人類が進化できたのは唯一アフリカの地のみという事になる。また、現在生きている大型類人猿はオランウータンを除き、アフリカにしか生存しない(ゴリラ、チンパンジー、ボノボ)。進化したのは人間だけではなく、いま生きている大型類人猿だって進化した結果現在の形になっている。それがアフリカに集中しているという事実。
当然、昔と環境は違うだろうけど、現在のアフリカを見ると大型の肉食獣もいるし、気候や病気など、生きるにはかなり厳しそうに思える環境だけど、何か人類を育むパワーのようなものがあるのか。そんな視点からアフリカを見てみるのも面白いかも。


プロフィール

染谷 裕太

Author:染谷 裕太
2012年6月カナダからスタートした自転車世界旅行をきっかけに始めたブログです。当初は単純な旅日記でしたが、現在は旅だけではなく日常も含めた様々な場面で自転車を楽しみ、その面白さを発見し、発信していきたいと思い書いています。

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